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本を見ただけじゃ分からない世界がそこにある!

横須賀にやってきました。横須賀といえば「海軍カレー」で有名ですよね。
米軍基地もあるためアメリカ人が多く、米国人向けマーケットもあります。

そんな海軍の街、横須賀で発見したのがこれ


戦艦三笠記念館。日露戦争で日本を勝利に導く大活躍をした戦艦で、
この戦艦(艦隊)なしに今の日本はなかった、と言っても過言ではないでしょう


搭乗者は海軍大将「東郷平八郎」
西郷、など「郷」のつく苗字は、薩摩に多い苗字の一つで、
彼もまた薩摩(現在の鹿児島)出身の人物で、鹿児島が世界に誇る武人です。

15歳の時に薩英戦争(鹿児島と英国の戦い)に従軍し、英国留学を経て、海軍の対象にまで上り詰めたといいます。
頭の回転は早かったわけでなく、コツコツと努力して、じっくり考えて、物事を進めていくタイプの人間だったと言われております


ここは砲台。命中率は不安定で、外れることのほうが多かったので
まず一発目に試発射をして、砲弾の着水地点を見極めてから、軌道を微修正して狙いを定めていったようです。
ただし当時の戦艦は、一発発射するたびに黒煙で視界が見えにくくなり、狙いを定めにくくなるという弱点がありました。その弱点をまっさきに克服したのが戦艦三笠です



この戦艦ミカサは当時の戦艦の常識を覆す改良が度々加えられていて、
たとえば先ほどの黒煙の話。三笠の砲煙は白色で視界を極力遮らないものでした。これは火薬に秘密があります。使われた火薬は下瀬火薬(しもせかやく)といって、日本独自に作り出されたオリジナルの火薬でありながら、威力は当時世界最高でした。

ロシア軍の兵士は「鉄の塊(戦艦)が燃えている」と、下瀬火薬の火力の強さを表現しました
砲撃の衝撃で戦艦に穴を開けて水没させるような戦いが主流だった当時の海上戦において、
鉄を炎上させる下瀬火薬は、ロシア兵を砲台に近づかせることすらさせなかったのです。

砲撃の威力の秘密は、もうひとつ砲弾の中にありました。
砲弾の中に数百個ほどの小さな鉄の塊が散りばめられていて、爆発とともに戦艦をハチの巣にしたといいます。たとえ戦艦をはちの巣にしなくても、近くにいた搭乗員は全員戦闘不能になったことでしょう


当時の国力が目に見える世界地図。
ロシア帝国(黄色)の敗北は世界のどの国も予想できなかったと思います
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